IT 産業翻訳のための日本語テクニカル ライティング (1)
はじめに
テクニカル ライティングとは、技術情報を正確に伝えるための文書の作成技術のことです。一般的には、文書の構成、図や表の効果的な使い方、文章の表現方法などの要素を広く含みますが、このコラムでは、IT の技術翻訳(英日)に必要となる文章の表現方法に焦点を絞って書いていきます。
1. 用字
私たちが日常的に書く文では、漢字とひらがなの使い分けや、送りがなの付け方について、厳密に意識して書くことはあまりありません。しかし、技術的な文書を作成する場合は、使用する用字、かな使い、送りがなの使い方に基準を定めておくと、統一感のあるわかりやすいものになります。今回は用字について説明します。
1.1 ひらがな
多くの場合、昭和61年7月1日内閣告示第一号の『現代仮名遣い』を基準として使用します。
http://www.bunka.go.jp/kokugo/main.asp?fl=list&id=1000003927&clc=1000000068
1.2 漢字
1.2.1 常用漢字表
多くの場合、昭和56年10月1日内閣告示第一号の『常用漢字表』を基準として使用します。
http://www.bunka.go.jp/kokugo/main.asp?fl=list&id=1000003929&clc=1000000
この常用漢字表にない場合は、基本的にひらがなを使用することになります。
ただし、固有名詞などの場合には、常用漢字表にない漢字を使用することもあります。
また、ひらがなで書くとわかりにくくなる場合には、常用漢字以外の字を使用することもあります(例1を参照)。常用漢字表に登録されている字でも、その音訓に登録されていない読みで使用する場合は、ひらがなを使用することがあります(例2を参照)。
このように例外的に使用する場合は、発注者側が漢字またはひらがなのどちらを使用するのかあらかじめ決めておくことが理想的です。
翻訳者は、どちらを使用するか迷った場合は、発注者へ問い合わせるようにします。
例1:常用漢字以外の字を使用したほうが良い例
けた数 → 桁数
はりつけ → 貼り付け
きょう体 → 筐体
遮へい → 遮蔽
例2:常用漢字表にあるが、ひらがなで書いたほうが良い例
予め → あらかじめ
全て → すべて
たとえば、「予」の字は常用漢字表に登録されていますが、その音訓は「ヨ」となっています。「あらかじ(め)」という読み方は登録されていません。この場合はすべてひらがなで「あらかじめ」と書きます。
漢字を入力するたびに常用漢字かどうかを確認するのは現実的ではありません。必要に応じて、次のようなツールを使用してチェックすることもできます。
・Word の文章校正機能
・Just Right!
http://www.justsystems.com/jp/software/name.html
・フリーツール
http://elearn.jp/joyo/index.php
http://bqpd.jp/knowledge/tool.html
http://www.losttechnology.jp/JavaScript/kanjichecker.html
1.2.1 同音異義語
次の例文ではどこが間違っていますか?
例文 1:「当システムを導入している企業は 10,000 社を越えました。」
例文 2:「申請書を決済するには、[承認] チェックボックスにチェックします。」
例文 1 では「越」の漢字が間違っています。「越」は、場所や時間を通りすぎる場合に使用します。この例文のように数値を上回る場合は、「超」を使用します。
例文 2 では「決済」の漢字が間違っています。「決済」は、売買を完了する場合に使用します。この例文のように責任者が案件の可否を決める場合は、「決裁」を使用します。
キーボードで文章を入力すると、変換ミスで同音異議語の漢字が使われてしまう場合があります。
翻訳者は、変換するときに十分注意する必要があります。
1.3 漢字とかなの使い分け
1.3.1 漢字の割合
次の文について、どう思いますか?
「企業が所有する既存資産の使用率が向上し、設備投資費用および運用費用の削減が可能です。」
少し硬い感じがしませんか?この文章における漢字の割合は約 65 % です。
漢字を多用すると、堅苦しい感じになり、読みにくくなることがあります。文章における漢字の割合は3割前後に抑えるようにします。あまり神経質になる必要はありませんが、漢字の割合が多すぎるように感じたら、少し表現に変えてみると読みやすい文章になります。
1.3.2 品詞による漢字とかなの使い分け
特に決まりはありませんが、一般的に、動詞、名詞、形容詞には漢字を使用し、接続詞、助動詞、助詞、接頭語、接尾語にはひらがなを使用します。代名詞と副詞では、漢字にしたほうが読みやすい場合は漢字を使用します。
例1:
(代名詞)彼、彼女、私、何、いつ、これ、あなた
(副詞)一般に、一度に、主に、さらに、すぐに、しばらく
また、読みは同じでも、品詞や意味によって漢字とかなを使い分けることがあります。
例2:
指示に従って、Enter キーを押します。(動詞)
したがって、エラーが発生します。(接続詞)
例3:
サーバとRAIDコントローラとが一体型となった装置(名詞)
いったいなぜこのようになるのか(副詞)
翻訳作業では、1 つの文書を複数の翻訳者で分担して作業を進めることが多くあります。このとき、人によって漢字とかなの使い分けが異なると、全体を通して見たときに表記がバラバラになり、読みにくい文書になってしまいます。
漢字とかなの使い分けについて基準があると、誰に翻訳を依頼しても、全体で統一感のあるものに仕上げることができます。
翻訳を発注する場合は、「漢字とかなの使い分け一覧」(下記のサンプルを参照)を作成しておくことをお勧めします。
翻訳者は、「漢字とかなの使い分け一覧」に従って翻訳します。一覧に載っていない場合は、発注者へ問い合わせるようにします。
翻訳会社への依頼を検討しているお客様へ
弊社では、「漢字とかなの使い分け一覧」を含む『日本語スタイルガイド』の作成をお手伝いいたします。『日本語スタイルガイド』は、用字、用語の使い方、表記方法、文体などについて定めた規定集で、訳文に一貫性を持たせるために必要なドキュメントです。このような規定集を作成する時間がないお客様、または作成方法がわからないお客様は、ご相談ください。
サンプル
漢字とかなの使い分け一覧
参考文献
昭和61年7月1日内閣告示第一号の『現代仮名遣い』
昭和56年10月1日内閣告示第一号の『常用漢字表』
テクニカル ライティングとは、技術情報を正確に伝えるための文書の作成技術のことです。一般的には、文書の構成、図や表の効果的な使い方、文章の表現方法などの要素を広く含みますが、このコラムでは、IT の技術翻訳(英日)に必要となる文章の表現方法に焦点を絞って書いていきます。
1. 用字
私たちが日常的に書く文では、漢字とひらがなの使い分けや、送りがなの付け方について、厳密に意識して書くことはあまりありません。しかし、技術的な文書を作成する場合は、使用する用字、かな使い、送りがなの使い方に基準を定めておくと、統一感のあるわかりやすいものになります。今回は用字について説明します。
1.1 ひらがな
多くの場合、昭和61年7月1日内閣告示第一号の『現代仮名遣い』を基準として使用します。
http://www.bunka.go.jp/kokugo/main.asp?fl=list&id=1000003927&clc=1000000068
1.2 漢字
1.2.1 常用漢字表
多くの場合、昭和56年10月1日内閣告示第一号の『常用漢字表』を基準として使用します。
http://www.bunka.go.jp/kokugo/main.asp?fl=list&id=1000003929&clc=1000000
この常用漢字表にない場合は、基本的にひらがなを使用することになります。
ただし、固有名詞などの場合には、常用漢字表にない漢字を使用することもあります。
また、ひらがなで書くとわかりにくくなる場合には、常用漢字以外の字を使用することもあります(例1を参照)。常用漢字表に登録されている字でも、その音訓に登録されていない読みで使用する場合は、ひらがなを使用することがあります(例2を参照)。
このように例外的に使用する場合は、発注者側が漢字またはひらがなのどちらを使用するのかあらかじめ決めておくことが理想的です。
翻訳者は、どちらを使用するか迷った場合は、発注者へ問い合わせるようにします。
例1:常用漢字以外の字を使用したほうが良い例
けた数 → 桁数
はりつけ → 貼り付け
きょう体 → 筐体
遮へい → 遮蔽
例2:常用漢字表にあるが、ひらがなで書いたほうが良い例
予め → あらかじめ
全て → すべて
たとえば、「予」の字は常用漢字表に登録されていますが、その音訓は「ヨ」となっています。「あらかじ(め)」という読み方は登録されていません。この場合はすべてひらがなで「あらかじめ」と書きます。
漢字を入力するたびに常用漢字かどうかを確認するのは現実的ではありません。必要に応じて、次のようなツールを使用してチェックすることもできます。
・Word の文章校正機能
・Just Right!
http://www.justsystems.com/jp/software/name.html
・フリーツール
http://elearn.jp/joyo/index.php
http://bqpd.jp/knowledge/tool.html
http://www.losttechnology.jp/JavaScript/kanjichecker.html
1.2.1 同音異義語
次の例文ではどこが間違っていますか?
例文 1:「当システムを導入している企業は 10,000 社を越えました。」
例文 2:「申請書を決済するには、[承認] チェックボックスにチェックします。」
例文 1 では「越」の漢字が間違っています。「越」は、場所や時間を通りすぎる場合に使用します。この例文のように数値を上回る場合は、「超」を使用します。
例文 2 では「決済」の漢字が間違っています。「決済」は、売買を完了する場合に使用します。この例文のように責任者が案件の可否を決める場合は、「決裁」を使用します。
キーボードで文章を入力すると、変換ミスで同音異議語の漢字が使われてしまう場合があります。
翻訳者は、変換するときに十分注意する必要があります。
1.3 漢字とかなの使い分け
1.3.1 漢字の割合
次の文について、どう思いますか?
「企業が所有する既存資産の使用率が向上し、設備投資費用および運用費用の削減が可能です。」
少し硬い感じがしませんか?この文章における漢字の割合は約 65 % です。
漢字を多用すると、堅苦しい感じになり、読みにくくなることがあります。文章における漢字の割合は3割前後に抑えるようにします。あまり神経質になる必要はありませんが、漢字の割合が多すぎるように感じたら、少し表現に変えてみると読みやすい文章になります。
1.3.2 品詞による漢字とかなの使い分け
特に決まりはありませんが、一般的に、動詞、名詞、形容詞には漢字を使用し、接続詞、助動詞、助詞、接頭語、接尾語にはひらがなを使用します。代名詞と副詞では、漢字にしたほうが読みやすい場合は漢字を使用します。
例1:
(代名詞)彼、彼女、私、何、いつ、これ、あなた
(副詞)一般に、一度に、主に、さらに、すぐに、しばらく
また、読みは同じでも、品詞や意味によって漢字とかなを使い分けることがあります。
例2:
指示に従って、Enter キーを押します。(動詞)
したがって、エラーが発生します。(接続詞)
例3:
サーバとRAIDコントローラとが一体型となった装置(名詞)
いったいなぜこのようになるのか(副詞)
翻訳作業では、1 つの文書を複数の翻訳者で分担して作業を進めることが多くあります。このとき、人によって漢字とかなの使い分けが異なると、全体を通して見たときに表記がバラバラになり、読みにくい文書になってしまいます。
漢字とかなの使い分けについて基準があると、誰に翻訳を依頼しても、全体で統一感のあるものに仕上げることができます。
翻訳を発注する場合は、「漢字とかなの使い分け一覧」(下記のサンプルを参照)を作成しておくことをお勧めします。
翻訳者は、「漢字とかなの使い分け一覧」に従って翻訳します。一覧に載っていない場合は、発注者へ問い合わせるようにします。
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サンプル
漢字とかなの使い分け一覧
使う表記 | 使わない表記 | 品詞 | 備考 |
---|---|---|---|
あえて | 敢えて | 副詞 | |
あまりに | 余りに | 副詞 | |
余り | あまり | 名詞 | |
ある | 有る | 動詞 | |
あらかじめ | 予め | 副詞 | |
言う | いう | 動詞 | |
いつ | 何時 | 代名詞 | |
一体 | いったい | 名詞 | 「一体型パソコン」など |
いったい | 一体 | 副詞 | 「いったいなぜxx」など |
いったん | 一旦 | 副詞 | 「いったん休む」など |
一端 | いったん | 名詞 | 「事件の一端」など |
うまい | 上手い | 形容詞 | |
おおむね | 概ね | 副詞 | |
および | 及び | 接続詞 | |
及ぶ | およぶ | 動詞 |
参考文献
昭和61年7月1日内閣告示第一号の『現代仮名遣い』
昭和56年10月1日内閣告示第一号の『常用漢字表』