ロンブ・カトー式で外国語の能力を自己評価すると

ロンブ・カトー式で外国語の能力を自己評価すると

「外国語の能力」というのも曖昧な表現です。

翻訳業界とまったく関係ない知人から、「翻訳やってんの?じゃあ英語ペラペラ?」などと聞かれることがありますが、翻訳とペラペラが必ずしもイコールではないことを説明するのも億劫なので、「読めるけど話すのはちょっと...そもそも日本語でもあまり話さないし」と答えるとだいたい納得してもらえます。第一「ペラペラ」も幅が広い言葉です。

翻訳ばかりやっていれば翻訳に必要な力は身についていきますが、話す力や聞く力は意図的にトレーニングするかそれなりの環境にいなければむしろ退化していきます。語彙も、普段触れている分野以外のものはなかなか増えていきません。ですから翻訳者の「外国語の能力」や「英語力」はかなりいびつな形になることも多いのではと想像していますが、日々の忙しさにかまけていると、自分の「外国語力」に目を向ける機会がなかなかありません(必要がない、と言えなくもない)。

以前投稿したTOEICに関する記事でも触れたように、各種試験で個別の能力をある程度測ることもできますが、大まかに判定するだけなら、「日常生活に支障がない」「旅行するのに支障がない」「あいさつ程度」のように定性的に評価することもできます。

ロンブ・カトー氏が著書『わたしの外国語学習法』の中で、外国語習得レベルに関する自己評価の基準を挙げています。

ロンブ・カトー氏については通訳・翻訳業界ではご存知の方も多いと思いますが、ハンガリー出身で通訳者・翻訳者として活躍した人物です。

本書の著者紹介欄によると、5ヵ国語の同時通訳者、10ヵ国語の通訳者16ヵ国語の翻訳者であり、90歳を過ぎても新しい言語の習得に挑戦していたということです。

これだけを聞くと怪物のような人に思えますが、本書を読むかぎりでは、生まれながらの語学的天才や環境に恵まれた人というわけではなく、外国語に対するもの凄い情熱で努力と工夫を重ね続けた人という印象です。

余談ですが、カトーと言っても「加藤」さんは関係ありません。ロンブが姓でカトーが名です。ハンガリー語では日本語同様、姓→名の順になります。こちらのページによると、カトー(Kató)はKATALINの愛称とあるので、英語で言えばKate(Catherine)ということになるでしょう。

それで、10数国語を習得した著者が、外国語の能力を自己評価する方法を挙げてくれています。
5段階評価で、5点が最高、1が最低。

各点数の条件を要約すると以下の通りです。

5点

  • 外国語の語彙が母国語のそれに等しい
  • 発音、正字法、文章構築力が、その外国語のルールに従っている。ただし「個人の言語に許される範囲」ではその限りではない

4点

  • 読んでいるテキストのすべての文体的、意味的ニュアンスがつかめる
  • 作者の強調したいことが理解でき、かつ調べなければならない単語が20パーセント以内
  • ラジオの放送内容が理解出来る
  • その外国語で書いた文章、あるいは翻訳した文章を、編集者が迅速、かつスムーズに印刷所へ回せる

3点

  • 言われたことの趣旨をなんとか理解出来るが細部はつかめない
  • 街頭や店などで、その外国語で尋ねごとをした場合に、「すみませんが、もう一度」と尋ね返される
  • 何か発言する前に、その内容を頭の中でいちいち構築してからでないとだめ
  • 翻訳した文章は、編集者が原文に照応させなければならない

2点

  • 何度も聞き返したり、読み返したりして、やっとテキストを理解できる
  • 分からないすべての単語を辞書で調べ上げてやっと理解出来る
  • 単純な内容の発言でも、場面、顔の表情、ジェスチャア、相手の好意などがあって初めて理解できる

1点

  • 何も知らない

 

この基準に照らして自分の英語力を判断すると、4点と3点の間と評価できそうです。ただし、読む・書く・聞く・話すの各能力がいびつな形だと思われるので、4点を満たす部分、4点に近い部分、3点に近い部分などに分かれます。

 5点は「語彙が母国語のそれに等しい」とあるので、それだけでも相当なハードルの高さです。実際ロンブ氏も、「ああ、これを取れる人は何と少ないこと!」と言っています。

 氏自身の習得した各言語がそれぞれどの点数に該当するかは書いてありませんが、自らの経験に基づく評価基準でしょうから、少なくとも得意ないくつかの言語については5点を満たしていたのでしょう。それを考えるとやはり凄いです。

 ヨーロッパの人だから日本人と比べたらヨーロッパ系言語には有利なのでは、と言いわけしたくなりましたが、ロンブ氏の母語は他の多くのヨーロッパ系言語とは系統が異なるハンガリー語ですので、そんなことも言えません。地理的な優位性はあるかもしれませんが。

 

 翻訳という仕事に限って言えば必ずしもこの基準で5点を満たす必要はないと思いますが、出来れば読む、書く、話す、聞くをバランス良くレベルアップさせて、5点に近づけるように自分の外国語力を向上させていきたいものです。

最後に本書の中から著者の言葉を。

外国語のための、またいかなる知識のためのものでも、魔法のような《開けゴマ》という方法を私は発見できませんでした。そんなものはもともと存在しないからです。

引用元:ロンブ カトー著、米原万里訳『わたしの外国語学習法』筑摩書房、2000年、p.44

※翻訳はロシア語通訳者・エッセイストとして活躍された米原万里さんですので、「訳者あとがき」だけでも彼女のエッセイのように楽しめます。

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