外注と内製のメリット/デメリット(1)

外注と内製のメリット/デメリット(1)

お手元に、翻訳する必要のあるドキュメントがあるとします。
社内で翻訳する方法と、翻訳会社を使う方法が選べるとしたら、どちらが良いと思いますか。
実際に 2 つ同時に行えると違いが一目瞭然になりますが、現実的ではないので、このコラムでは回を分けてそれぞれ見てみたいと思います。

「社内で翻訳」

「たしか、○○部門の A 君は英語が得意だそうじゃないか。
彼にちょっとやってもらおう。」

量が少ない場合や専門性の高くない内容の場合、そう思われるかもしれません。


外注すると少量でも費用がかかります。時間もかかるでしょう。
社内スタッフが業務の合間にやれば、余計なコストをかけずに少ない時間でできるように思えます。

しかし、これは落とし穴です。

たとえば今回対象になっているドキュメントが、社内で新しく導入した業務アプリケーションの操作マニュアルだったとします。残念ながらそのアプリケーションは英語のマニュアルしかないアプリケーションです。社内でさまざまな部署の社員が使用する必要があるため、社内でも英語が得意な A 君が翻訳しました。その中から 1 文を取り上げてみましょう。

【原文】If you want to see all the items, you might need to increase the size of the window by clicking and dragging the top border of the window upwards.

【訳文】もしあなたがすべての項目を見たいなら、ウィンドウの先頭の境界をクリックして、上向きにドラッグすることによって、ウィンドウのサイズを増加させる必要があるかもしれません。

間違いではなさそうですが、分かりづらい日本語です。英語の分かるスタッフが原文を一読すれば、「画面上のウィンドウが狭くて項目が一部しか見えないときは、こうすれば解決しますよ」という内容が書かれていることが分かるでしょう。これを、英語のできないスタッフも同じように解釈できる日本語のマニュアルにしたいのであれば、A 君の訳はもう少し工夫する必要がありそうです。

【修正例】項目をすべて表示するには、ウィンドウの上部の境界線を上方にクリック&ドラッグして、ウィンドウのサイズを大きくします。

これで前より読みやすくなりました。

このように、A 君が業務の合間を縫って翻訳したあとに、誰かほかの人がチェックしてより読みやすく誤解のない日本語にする必要がありそうです。

この作業に一体どのくらいかかるのか、試算してみましょう。

・A 君は英語は読めますが翻訳に慣れていないため、作業ペースを 1,500 ワード/日とします(私たちプロは、操作マニュアルの場合で 2,000 ~ 2,500 ワード/日を目安としていますが、あまり翻訳に慣れていない場合は 1,500ワードでも少し大変かもしれません)。
・この操作マニュアルは全部で 15,000 ワード(およそ 50 ページ)あるとします。

A 君の翻訳にかかる日数は、
15,000 ワード ÷ 1,500 ワード/日 = 10 日
これを、別のスタッフが 3,000ワード/日で日本語のリライトを行なったとします。
15,000 ワード ÷ 3,000 ワード/日 = 5 日

結果、この作業にかかる延べ日数は、
10 日 + 5 日 = 15 日

この例では、内容を日本語にする作業だけで 15 日(3 週間)かかる計算になりました。A 君もチェックを行う別のスタッフも、もともとの業務もこなさなければなりませんので、実際に始めてから終わるまでの日数はもっとかかるでしょう。
その間の人件費や、携わったスタッフが本来の業務から外れることによる損失を考えると、社内で翻訳することは必ずしも「低コストかつ短時間でできる」ものではなさそうです。

また、A 君たちが毎日遅くまでかけて社内リソースだけで無事に日本語化したとしても、残念ながらまだ実用に堪えるマニュアルにはまだなっていません。全部日本語にしたら終了、ではないのです。
こうしたマニュアルは、使いやすいようにレイアウトを整えたり、冊子としての体裁を整えたりしなければいけません。画面項目が実際のソフトウェアと一致しているかというような確認も必要になるかもしれません。たとえば「Exit button」という用語の訳が、ページによって「終了ボタン」、「完了ボタン」、「出口ボタン」などまちまちになっていたら、操作する人は混乱してしまいます。

多くの時間を費やしたのに、分かりづらくて使いにくいと言われ、元の業務に戻ったあとも修正に次ぐ修正を頼まれては、A 君たちは引き受けなければよかったと思うことでしょう。

「社内で翻訳」。一見魅力的に見えるこの方法、意外とそうではなさそうだということが見えてきました。やってみる価値がないとは言い切れませんが、苦労のほうが多いかもしれません。

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